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車椅子バスケのドラマ

こんばんは。というか、新年おめでとうございます。ですね。新年一発目は1月13日(金)20時からNHKEテレで放映された『きらっといきる「二人で走るロンドンへの道~」』の感想です。とても感動した内容だったので書かせて頂きます。

まずは30分の番組を簡単にまとめて書きます。

宮島徹也は、背も高く、小学生ですでに170センチありバスケットにのめり込んだ。 その時は「うまくなりたい」「勝ちたい」の一心。中学でバスケ部に入り、富山県選抜選手を目指していたが、ある日、靱帯(じんたい)断裂の診断。しかし、手術ミスで左脚を切断し、絶望のふちに立たされる。「脚を元に戻す手術のはずだったのに何で脚が無くなるんだよ!」「殺してくれ!」とバスケが出来なくなった自分に生きる意味は無いと親に言い泣き崩れた。

 そんなころ、どこから聞いたのか3歳年上で、車椅子バスケジュニア日本代表だった野沢拓哉が訪ねてきた。「一緒にオリンピック出ようぜ」。年も近く、すでに世界と戦っている彼が直接そう誘ってくれたことが競技を始めるきっかけになった。退院後、野沢に追いつきたい気持ちもあって、自らを奮い立たせ練習を繰り返した。そして、人一倍練習して3年目、ジュニア日本代表になれた。

そして、今回のロンドンパラリンピックの予選に挑むことになった。
宮島は日本代表になれたが、一方の野沢は代表に選ばれなくなった。仕事が忙しくなり、練習量が減りパフォーマンスが落ちてしまったからだ。宮島は野沢に厳しく言う。その会話で野沢は吹っ切れた。仕事を替え、過酷なトーレーニングを自ら課し、予選を勝ち抜いてもらうことを信じ、本戦で代表に選ばれるべく準備をした。

2011年11月、宮島はロンドン予選を勝ち抜き、残り一枠を日本と韓国で争う形となった。
試合は終始1点を争う一進一退の死闘の様相。そして残り35秒、日本は1点のビハインドでオフェンスをスタート。残り8秒で宮島が逆転のシュートを決める。このまま勝利かと思ったが残り1秒で宮島が相手のシュートをファウル。韓国は2本のフリースローを得た。「逆転負け」が頭をよぎり気が気でない宮島。
しかし、韓国はこの2本のフリースローが決まらず日本が勝利。ロンドンパラリンピックの切符を手にしたのだった。顔面蒼白から安堵の表情へと変わった宮島の目からは嬉しさと申し訳なさとの涙が溢れに溢れた。

予選の帰国後、宮島は出会った頃に野沢に言われたことを言い返す。「一緒にロンドンに行こう」と。(終わり)

日本男子車いすバスケ代表のパラリンピック予選の最後の最後は壮絶だったことを始めて知りました。野沢さんの代表復帰はあるのかも気になります。ロンドンでは男子車椅子バスケ代表を応援しましょう!もっと頑張れ男子バスケ代表!
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by youngmayor | 2012-01-18 00:31 | バスケット